「テレパシー」から「量子もつれ」へ ~ブルーバックス:意識と無意識の間より

・他人の考えが分かるという感覚は、5感を使わずに人どうしがこころを通じ合う超能力やテレパシーを信じる気持ちにつながりがちだ。こうした考えは19世紀末イギリスでとりわけ盛んになった。1882年、テレパシーその他のいわゆる心霊現象(ゴースト、トランス状態、浮揚現象、霊媒、死者との交信)について調査するため、ロンドンに心霊現象研究協会が設立された。初代会長はのちにケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの道徳哲学教授となったヘンリー・シジウィックで、その他の高名な会員に、実験物理学者のレイリー卿、のちに1902年から05年までイギリス首相の座にあった哲学者のアーサー・バルフォア、シャーロック・ホームズが主人公の探偵小説を書いたサー・アーサー・コナン・ドイルらがいた。協会はジ-クムント・フロイトやカール・ユングなどの有名な心理学者に注目され、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェイムズはおおいに触発されてアメリカ心霊現象協会を設立した。

いまだにテレパシー、つまり超感覚的知覚(ESP)を信じる人は多い。アメリカで1979年に1000人を超える学者対象に行われた調査では、自然科学系の学者で66パーセント、芸術、人文科学、教育関連の学者で77パーセントが、ESPの存在は証明ずみ、またはいずれ証明されると信じていた。もちろん、学者などというものはほぼなんでも信じる輩だ。ところが、心理学者は醒めている。ESPを信じる心理学者はたったの34パーセントだし、同じ割合の心理学者がそんな現象は存在しないと考えている。これらの数字がその後大幅に変わったとは思わないし、アメリカ以外の国でも傾向は似たり寄ったりだろう。ESPの難点は、離れた場所のあいだで起きる現象にもかかわらず、光や音、匂い、無線など明確な物理的媒体がないため、生理的または物理的に不可能だと思えるところだ。

・いや、そうでないかもしれない。一部の人は物理学に答えを求めた。イギリスの物理学者ジョン・スチュアート・ベルの定理によれば、量子力学と矛盾しない現実モデルはいかなるものであれ非局所性でなくてはならない。言い換えれば、一度でも作用し合った粒子どうしはもつれ合い、その後離れてからも、片方の粒子を観察すると、もう片方の粒子に影響が及ぶというのだ。この定理は2つの粒子がどれほど互いに離れていようとも成立し、一方から他方へ何らかの信号が伝えられるという考え方と根本的に相容れない。この定理は人にも当てはまり、恋人や結婚相手など、互いによく知る人どうしで何度もからみ合った間柄なら成立するのだろうか?そしてESPを説明するのだろうか?

・2006年に出版した著者『量子の宇宙でからみあう心たち-超能力研究最前線』で、かつてエンジニアやコンサート・ヴァイオリニストだったこともある超心理学者のディーン・ラディンは、ESP(Psiとしても知られる)はベルの定理が含意する離れた場所の間で起きる物理的な相互作用によって説明できると論じた。彼は次のように結論づける。

『・・・この1世紀にわたって、物理的現実の枠組みにかかわる基本的な前提の大半は、真の超常現象によって予測された方向に修正されてきた。そこで、私たちはつれた宇宙を超常現象として経験しているのだと私は提言する。単純な原子系における量子もつれにかんして現在わかていることのみによって、超常現象を説明することはできない。しかし、量子もつれと超常現象が暗示する存在論的な平行関係はあまりに強力であり、これを無視するのは愚かであると私は考える。』