『量子の宇宙でからみあう心たち』-(3)‐心物連関作用

【5】心物連関作用-心は物に影響するか

 

・乱数に現われる超心理

1997年、プリンストン大学の工学者ロバート・ジャンが、彼らのPEAR実験室で12年間にわたって行ってきた心物連関作用を調べる実験を報告した。その実験では100人以上の参加者が、乱数発生器(RNG・ランダムナンバー・ジェネレータ)に精神的影響を及ぼそうとした。RNGとは電子的なコイン投げ器であり、純粋にランダムなコイン投げを1秒間に数1000回もの速度で行なうことができる。コイン投げの表と裏のかわりに、RNGは0と1のランダムなビットを生成する。PEARの実験の参加者は、RNGの出力累積したグラフに対し、「高くなれ」または「低くなれ」と念じるのであった。また何も念じない対照実験もあわせて行なった。[ジャン&ダン『実在の境界領域』技術出版]

ジャンらはこの実験全体で、量子的効果にもとづく純粋にランダムな過程を用いても、参加者が念じた方向に乱数が片寄るという結果を得た。また、ソフトウエアで生成した擬似乱数では片寄りが起きないことも確かめられた。PK効果の大きさは、1万ビットに対して1ビットの割合であった。小さな効果に思われるが、全体のデータから算出される偶然比は35兆分の1にものぼる。

ジャンらの報告から3年後、PEARと、ドイツのフライブルクにあるIGPPと、同じくドイツのギーセン大学との3か所で連携し、大がかりな追試が行なわれた。PEARと同様な機器を使って同様にデザインされた実験をあらかじめ規定した回数行なった。残念ながら、この実験単独では有意にはならなかったが、高く念じた結果が偶然より高く、低く念じた結果が偶然より低く、何も念じないベースラインがその間であるという傾向性はそのまま再現された。

1989年、他の研究者による再現性を包括的に調べるために、プリンストン大学の心理学者ロジャーネルソンと私は、当時までに知らされていたRNG実験のメタ分析を行い発表した。さらに本書に向けてデータを追加して分析したところ、490の実験で総計11億ビットがPKの対象となっており、偶然比にして5万分の1であった。じょうごプロット(省略)では選択的報告が見えるので、埋め合わせプログラムで105の実験を補った。効果の大きさはきわめて小さいが、偶然比は3050分の1で有意であった。

続いて、効果を無効にするお蔵入り実験の数を推定したところ、2610であった。90人の実験報告者ひとりあたり29の有意でない実験を行って、報告していなかったことになる。品質の分析では、高品質の実験に有意に低い効果が見られるわけではなかった。すなわち、偶然性でも、選択的報告でも、品質問題でも、実験の結果を説明できないと、またもや明らかになった。心がRNGの出力に影響をおよぼせるならば、たくさんのビットを一気に生成すればPKの検出効果をあげることができるだろう。その観点から私は、サイコロ投げの実験と同様の分析をPEARのデータに対して行なった。一試行あたりに生成するビット数の増加に応じて、効果の大きさが上昇している。この結果は、乱数発生へのPKが、ある種の影響力として働くことを示唆している。

この時点まで理解を進めると、未来の超能力技術に想像をめぐらせるようになってもおかしくない。念じただけで動く飛行機や自動車など、無限の可能性にベンチヤー投資家も期待をふくらませる。だが、ことはそう単純ではない。残念ながら、影響力としてのPKは、確実に検証されるまでには至っていない。一試行あたりに大量のビット生成させた実験では、念じた方向と逆方向に、乱数が有意に片寄った結果が報告されている。影響を及ぼす速度に限界があるのか。それとも、乱数発生のように連続的な事象へのPKは、サイコロ投げのように並列的な事象へのPKとは異なるのか。あるいは、比較的大きな物体であるサイコロと、微視的な仮想物である乱数とは、PKの働き方が違うのだろうか。不安定な現象を実用的な技術にするには、もっと基礎的な研究が必要である。以上の研究から、心が物へと影響する「可能性」が適切に示されたように思う。おそらく心と物とはコインの裏表の関係なのだ。輪になったリボンの内側に「心」、外側に「物」と書いて、くるくる回してみよう。心と物との相関関係が見えるが、両者が交わることは原理的にない。あるとき、いたずらな友人がそのリボンを切って、半分ひねったうえで貼りあわせたとしよう。心と物を隔てる壁に思いをはせながら、リボンの「物」の側に指を滑らせていくと、なんと、気づかぬうちに「心」の側に指を載せているのだ。そのリボンが、内側と外側がいったいとなった、よく知られた「メビウスの帯」になっているからだ。このたとえは、心と物のようにまったく違って見えるものでも、伝統的な考え方をちょっとひねると統一できる可能性を示す心と物とが生まれてくるところの「統一的本質」は、意識であると信じる人々もいる。でも、ある神秘的な事項を別の神秘的な概念で説明しても発展はない。現状で断言できるのは、心と物の境界をこじ開けると、そこから目もくらむばかりの神秘の光があふれ出ることだ。神秘の光のなかからは、さらに奇妙な現象が現れてくる。時間の超越効果である。

 

・フィールド意識の実験

2005年までに、100以上のフィールド意識実験が、アメリカ、ヨーロッパ、日本から報告されている。アメリカ先住民の儀式、日本のお祭り[訳者らのねぶた祭での実験を指す]、劇場公演、科学の国際会議、心理療法のつどい、スポーツ大会、テレビのライヴ中継で行なわれた実験があり、全体として、大人数の一体感にあふれた活動と、RNGの乱数出力の異常な組織化とが同期する傾向が強く示されている。

工学者のウィリアム・ロウは、創造的な討議の場では、たびたび「人々が一体になったエネルギー」を感じることから、この種の研究に興味をもち実験を試みた。彼は、そうした場にRNGを設置して、エネルギーを感じた討議と、乱数出力が1分以上偶然から片寄った討議が一致するかを調べた。乱数は討議中、およびその前後ともに記録され、討議参加者の印象は、乱数の記録を見る前に収集した。実験計画が事前に設定されたうえで、11回の討議が行なわれた。11回の討議のうち、参加者がエネルギーを感じた回は8回あり、そのうち乱数出力が片寄った回は8回すべてであった。参加者がエネルギーを感じなかった回は残りの3回であり、そのすべてで乱数出力の片寄りは見られなかった。言いかえれば、2回の討議すべてで、参加者の報告と乱数の片寄りが完全に合致した。ロウは、論文の結論で次のように述べている。

 (フィールド意識実験は、)個人ひとりでなく大勢が、一体感をもって心を働かせている状態を、信頼性高く検出できるようだ。厳密な実験計画によって得られた経験的証拠が、「人々が一体になったエネルギー」の存在と、それを人間が感じとるだけでなく、物理的にも測定が可能であることを明示している。(『科学探究論文誌』第12巻1998年)

もちろん・すべてのフィールド意識実験が成功しているわけではない。多くの実験結果の成否を調べたロジャー・ネルソンンは、成功しやすい実験の条件を次のように推測している。とくべつな暖かみや親密さに満ちた一体感が存在し、さらに多くの人々をひきつける魅力にあふれた場、人々が深く傾倒する目標が掲げられ、それに向かった各人の寄与が重視される場、大洋や山頂などの精神的に高揚する場所や、新奇な着想を尊び、創造性やユーモアが現れる瞬間、である。一方、失敗しやすい条件は、個々人がそれぞれひとりで、主として客観的で分析的な仕事をしている場、活動に対する人間的な参与の度合いが小さいとき、活動がありふれて退屈であるとき、などである。

 

・ダイアナ妃とマザーテレサ

1997年8月31日、世界中の目を釘づけにする大事件が起きた。ダイアナ妃がパリで、同伴のドディ・アルファイドとともに交通事故で死亡したのである。この悲劇的事件はその後数品、世界各地のテレビニュース独占した。私たちは、一週間後にダイアナ妃の葬儀がライヴ中継されると知り、フィールド意識の観点から「地球規模の」心の同調を調べる格好の機会であると気づいた。世界中でおそらく数億人の人々が葬儀のもように注目すると思われたからである。

私たちの仲間で、RNGを所有する欧米の12人が、ダイアナ妃の葬儀とその前後の期間、乱数を記録しつづけた。後日、おのおの独立して作動していた12台のRNGから記録データを集めて分析してみたところ、予測されたように、有意な地球規模の同調が検出された(偶然比にして100分の1の偏差)。

不幸が重なり、ダイアナ妃の数日後には、マザー・テレサが亡くなった。私たちのRNGはほとんどそのま使えたので、テレサの葬儀でも同様に記録をとってみた。そして前回と同様の分析を行なったところ、こんどは同調が検出されなかった。ふたつの葬儀の状況をくらべてみるとかなりの違いが見られる。テレサは享年87歳であり、以前から体の具合が悪かった。また、テレサの葬儀の中継では、式典で使われる数々の国の言語が、翻訳されないま流され、しばしば映像が途切れたり打ち切られたりしていた。こうした問題が重なり、テレサの葬儀では、ダイアナ妃の葬儀のように密度の高い意識集中が起きなかったのではないかと思われた。

ともかく、ダイアナ妃の成功例とマザー・テレサの失敗例は、「地球規模の心」 の探究価値を明らかにしてくれた。地球規模のフィールド意識実験を行なうには、たくさんのRNGを世界中に配置して連続的に作動させ、自動的に乱数を記録するのが、実用的方策である。そうすれば、年明けの行事などの定期的なできごとだけでなく、セレブの悲劇的死、そして自然災害やテロ攻撃などの予期せぬできごとについても、大規模な同調が起きるかどうか調べられる。1997年の末、ロジャー・ネルソンが、オートデスク社の創業者であるジョン・ウォーカーと、コンピュータ科学者のグレッグ・ネルソンの助けをかりて、この構想を立ち上げた。グレッグは、インターネットを介して地球規模のフィールド意識実験を連続して行なえる、巧みな方法を考案した。

 

・地球意識プロジェクト

こうして昔のフィールド意識実験は地球規模に拡大され、ロジャーネルソンによって「地球意織プロジェクトThe Global Consciousness Project」と名付けられた実験がスタートした。小集団で一緒に活動する人間の一体感を調べる旧来の実験に対して、GCPは、広汎に注目を集める大事件によって生じる、地球規模の心の同調を推測できる。インターネットを使って手軽に世界中のニュースを知るようになった今日、大事件の数分後には世界の人口の数パーセントがそれを知ると想定できる。GCPは、地球規模の皆の集中化と人々の心の同調によって、世界各地のRNGの乱数出力が、意味ある変動を示し始めると仮定している。では、それをどのように理解したらよいのだろうか。

大洋で波間にただよう多くのブイを想像してほしい。ブイにはベルがついていで、水面からは見えにくい浅瀬や岩場を、行き交う船に警報するのだ。各ブイのベルの音は、無線で陸地の基地に集められる。届けられた音はすべて合わされて、大洋の大舞踏を表現するひとつの音になる。その音は通常、何の秩序もなく、そよ風に揺られる風鈴たちのささやきに似ている。ところが、何千キロも離れたブイ同士が、ときには神秘的な共鳴を起こし、大旋律を奏でることがある。この大旋律を聞いたときに私たちは、大洋全体で何か広汎な現象が生起していると知るのである。大洋は深く複雑であるが、ブイではその表面だけしかわからない。だから、ほとんどの場合、その広汎な現象の原因は推測するしかない。ひとつは、2004年12月26日にアジアに悲劇をもたらした、津波などの原因となる「海底地震」である。もうひとつは、海に落下した「大きな隕石」である。3つ目には、奥底で躍動する繊細なものであり、海中深くからこみあげては、力強く大洋全体に広がる精妙な何かである。

究極の原因が何かは別にして、ベルのランダムな鳴動が自発的に大旋律へと共働していく様子を分析するには、ふたつの方法がある。その鳴動がどれくらい大きいかと、鳴動がどれくらい協調しているかである。このようにGCPは、津波が起きたときの大洋表面を調べるのに似た大計画である。水の大局的な動きをつかんで大洋の奥底を推測するのと同様に、GCPでは、RNGのネットワークで起きるエントロピーの大きな変化をもとに、「大いなる心」の奥底にせまっていくのである。GCPのネットワークに接続したコンピュータは、それぞれ1台分のRNGを連結し1秒間に200ビットの乱数を取得する(乱数源は、抵抗の電子雑音と半導体の量子トンネル効果である)。取得した乱数は、時刻が付されて格納される。各コンピュータの内蔵時計はインターネットの標準時計に自動同期させである。5分ごとに、それまでの乱数データが一括されて、プリンストンにあるGCPサーバにインターネットを介して送られる。

1998年に3台のRNGから始まったGCPネットワークは、時を経て、RNGのコンピュータを管理するボランティアが見つかるに従って拡大した2005年の4月までに65台のRNGが稼動するまでになり、その設置地域は、ヨーロッパと南北アメリカのほぼ全域と、インド、フィジー、ニュージーランド、日本、中国、ロシア、アフリカ、タイ、オーストラリア、エストニア、マレーシアにまでいたった。

地球規模の心物連関作用仮説は、RNGネットワークが生成する乱数が、事前に決められかたちで偏差することで検出される(偏差とは偶然期待値から遠く片寄ること)。この分析はふつう、イベントの発生時の数分前から数時間後までの乱数データに対して行なわれる。2005年の4月までに、地球規模で注目を集めたと推測される185のイベントにかんして分析が行なわれている(この分析は独立した研究者によって二重に行なわれ、結果の正しさが確認されている)。185のイベントには、新年の祝賀行事、自然災害、テロ活動、大瞑想会、スポーツ試合、戦争の開始や終結、名士の悲劇的死などである。

例をあげれば、2005年4月8日に教皇ヨハネ・パウロ二世の葬儀がライヴ中継された。世界中で数億人がそれを見守ったと推測できる。ロジャーネルソンは葬儀の前に、RNGネットワークの乱数が有意な偏差を示すと予測したが、そのとおりであった。偶然比にして42分の1まで乱数は偏差し、その後数時間で偶然レベルにまで戻った。

1998年8月から2005年4月までの、185のイベントについてつみ重ねられたこうした評価を合わせてみると明確な偏差が得られた(偶然比36400分の1)。数億人もの人々が意識を集中させると、世界の「物理的な」同調性や組織性が上昇すると、これらの結果は示唆している。こうした異常な同調はRNGに限らず、すべてのものに及ぶだろう。すなわち、おそらくは動植物から岩石までが、地球規模の同調に呼応した挙動をわずかに示すのだろう。私たちは、多数のRNGに起きる同調効果に気づいたが、それは、そこに生じる異常な組織化の形式を知っていたうえで、それらを連続的にモニターしていたからである。同調仮説は、実験機器を超えて(少なくとも)地球全体に拡張できるのだ。

特徴的なイベントには2000年の年明けがある。世界中の人々が不安と興奮のもとにこの瞬間を迎えた。ハルマゲドンがやってくるといった終末予言や、[年号の扱いの技術的問題で]コンピュータシステムがメルトダウンするという懸念があったからだ。そのイベントは地球意識の実験に最適だと思った私は、2000年を迎える前から次の予測を立てていた。それぞれのタイムゾーンの人々が年明けの瞬間を迎えるたびに、一体感をもった意識集中がなされ、RNGで検出できるほどの秩序が生まれるだろうと。

2000年の年明けがやってきて、過ぎ去った。私は、世界が依然として存在することを知って安堵し、データ分析を始めた。結果は、全RNGの分散(ばらつきの度合い)が、年明けの瞬間に急降下していた。最小値は、深夜0時前後の3秒以内にあった。これほどの片寄りが深夜0時付近で起きる確率を、データをランダムに配列するシミュレーションで求めたところ1300分の2であり、分析結果がきわめて有意あることが判明した。地球意識の同調仮説が支持されたように思われる。

前述の分析にあたって、人口の多い地域と少ない地域で同様の乱数変化が起きているのかという疑問が生じた。調べた29のタイムゾーンのうち、大陸をカバーする19のタイムゾーンに約60億人が住んでいる一方、海洋上の10のタイムゾーンには約900万人しか住んでいない。もし、ばらつきの低下が、それぞれのタイムゾーンにおける人々の意識集中によって「引き起こされた」ならば、人口の大小によって差異が生じるはずである。人口の多いタイムゾーンのRNGの分散から、人口の少ないタイムゾーンのRNGの分散を引いたグラフを描くと、やはり深夜0時に偶然比80分の1の有意な最小値が得られた。またもや集合的な心が物を「動かした」かのようなデータが得られたのだ。

このように仮説を裏づけていくと、人間中心的な考えだという指摘もなされる。海にはクジラやイルカ、数億匹の魚が泳いでいるし、陸には何兆もの昆虫だって棲息している。地球意識プロジェクトは人間中心主義だと言われればそうかもしれないが、他の生物への興味を失っているわけではない。クジラの新年がいつかとか、昆虫の記念日がいつかとかが、私たちにはわからないのが問題なのである。もしそれがわかれば、そうしたイベントに応じた乱数の変化を調べられる。乱数変化に対応する、意識の集中「度合い」がどの程重要であるかも、もちろん不明である。将来、5人の一体となった意識集中は、5兆匹のアリの集中と等価であるなどと判明するかもしれない。しかしそれは、将来の課題なのである。