『量子の宇宙でからみあう心たち』-ディーン・ラディン著、竹内薫監修、石川幹人訳 徳間書店-(1)

宇宙に存在するものに「分離は」ない。すべては精妙な方法で「からみあって」いる量子論による最大の衝撃的発見は「からみあい(エンタングルメント)」である。遠く離れた粒子同士にも生じるこの連関作用を「からみあい」と命名したのはシュレーディンガーである。この作用は、通常の時間経過を超えてすみやかに働く。私たちの知覚に限界があるから、日常の物体群はそれぞれ分離して見えているにすぎないのだ。つまり分離して見えるのはある種の幻覚なのだと、からみあいは暗示している。私たちは全体論的に深く相互に結びつけられた世界に生きている!物理学者たちは、からみあいが宇宙全体に広がっているのではないかとも想像している。なぜなら、すべての物質が一体となったビッグバンから宇宙は生まれ出てきたので、宇宙の物はことごとくからみあっていてもよいからである。さらに真空の空間にも、からみあった粒子がしみ出している可能性もある。こうした指摘によれば、常識的見方に反して、私たちは全体論的に深く相互に結びつけられた世界に生きていると推測されるのだ。「新しい世界観」とは、私たちが相互につながりあって生きる場を、現代的に解釈したものである。これは言いかえれば、現代物理学が解明した「世界の構造基盤」を指す。目的は、人間がよく体験する現象の説明を求めて、この新しい世界観がもたらす知見を探究することである。量子論の立場から私たちの体験をながめると、何が起きているのかがよくわかる。そうすることで、驚くかな、これまで不可能と考えられてきたある種の現象が、事実「存在する」と思えるのである。ある種の現象とは、テレパシー、透視、念力などの「超能力」である。

 

【1】見えてきた新しい世界-現代科学の地平を超えて

 

・からみあい現象

からみあいの理論にかんする研究開発やその応用を報じる論文は、今や定期的に科学論文誌に登場している。最初は、からみあい状態を維持するのは極低温で極小時間だけなどと、特殊な条件における超高感度な測定方法が必要だったが、今ではかなり複雑なかたちのからみあいが長時間、比較的高温のもとで実現されている。量子コンピュータを実現するためには、かなり大きな物体群を室温で恒久的にからみあい状態におかねばならず、それに向けて「からみあいの純化」とか「コヒーレンス・リピーター」などの技術が向上しつつある。物理学者は、ガス状の気体全体をからみあい状態にすることや1立方センチメートル程度の塩の固まりでからみあい効果を実現することに成功している。からみあった光子群が金属の箔を通り抜けた後でも、光ファイバーや大気のなか50キロメートルも運ばれた後でも、そのからみあいを維持できた。からみあった4個の光子を使った量子計算があっけなく成功した(『ニューサイエンティスト』2005年3月12日号)。また、炭素が44個も含まれる生体高分子でも、うまくからみあいが起きた。今後、ウイルスやタンパク質や生体自身におけるからみあい実現に向けて、実用上の問題を解決していく必要があるが、からみあいが実現できない理論的な上限はない。だがもちろん、物理学者は懸念を添えるのを忘れない。小物体を小時間うまく管理しても、空気や電磁場などの外界と相互作用して、すぐにそれらとからみあってしまうのだ。そのような相互作用が起きると、観測しやすい単純な形式のからみあいが起きている同調状態(量子コヒーレンス)が乱されてしまう。じつはこの同調状態の喪失が、私たちが日常の物体を見ると、けっしてぼやけたり互いに重なりあったりせずに、それぞれ分離して見えることの、核心的な理由である。しかし、それで量子効果が完全になくなってしまうのではない。依然としてからみあった粒子たちは、私たちの身体ともつながっているのである。さらなる疑問は、からみあいの状態が人間の体験と意味あるかかわりをするのか、もしそうならば、超心理ともかかわりがあるのか、である。ディーン・ラディン氏は両方ともイエスである。その理由のひとつは、一部の科学者が生体内(あるいは生体間)のからみあい状態が、生命の全体論的性格を説明するのに有効である考えているからであるノーベル物理学賞を受賞したブライアン・ジョセフソンを代表とする多くの科学者が、生物システムは思いもよらない方法でからみあいを利用しているにちがいない、とも主張している。[ジョセフソン『科学は心霊現象をいかにとらえるか』徳間書店に所収]。2005年にウィーン工科大学の物理学者ヨハン・ズムハマーは、からみあいは自然界にあまねく存在するのだから、進化がそれを活用しないわけがないと、「からみあいによって、生体内の化学反応が調節され、生物種内の生体同士の行動が調節され、生体と環境の間の相互作用も調節されてきたにちがいない。からみあいこそが進化的に有利な立場を築くのだ」と主張した。[ジョンジョー・マクファデン『量子進化』共立出版も参照されたい。]物理学者たちは、からみあいが宇宙全体に広がっているのではないかとも想像している。なぜなら、すべての物質が一体となったビッグバンから宇宙は生まれ出てきたので、宇宙の物はことごとくからみあっていてもよいからである。さらに真空の空間にも、からみあった粒子がしみ出している可能性もある。こうした指摘によれば、常識的見方に反して、私たちは全体論的に深く相互に結びつけられた世界に生きていると推測されるのだ。当然ながら、こうした推測は、非現実的なニューエイジ活動家や神秘主義者によってではなく、伝統的な物理学者によってなされているのである。もちろん、からみあいの非局所的作用を、魔術のようであるとして受けいれない科学者もいるが、そのグループは急速に少数派となっている。からみあいの現象は厳密な実験事実として量子論とは独立して存在するからである。(こうした事情は、超心理現象についても似たようなものである。それを魔術のようであるとして受け入れない科学者もいるが、説明可能な理論が未整備であっても、その現象は厳密な実験事実として存在するのである。)

 

【2】超心理への信棒-信じる人は創造性が高い

 

・テレパシーは脳の発作か

テレパシストの過敏症的な面のいくつかは、側頭葉てんかんの症状に似ている。その症状が際立っているときには、えたいの知れないものの強い存在感、宗教的な無上の喜び、原因のない圧倒的な感情の高まり、幻覚の襲来、感覚のしびれや麻痺を体験する。これらの体験には有無を言わさぬ力があり、しばしば感情が根底から揺さぶられるので、体験者はカルト宗教にありがちな、自分は救世主だという妄想や、世の中はもう終わりだという狂信などに、容易にとりつかれる。けれども、側頭葉の部分的な微小発作は、まさにテレパシーと同様な報告をもたらすことがある。強い電磁場にさらされた場合や、生まれながらに脳が不安定な状態にある場合に起こりやすい。この事実は、テレパシーは本物ではなく脳の発作による錯覚にすぎない、という可能性を示唆する。カナダのローレンシアン大学の神経科学者マイケル・パーシンガーは、長年のあいだ、この微小発作と、超能力体験、心霊体験、宗教体験の報告との関係を調べている。彼は、微小な磁場を誘導するコイルをつけたヘルメットを作製して頭部にかぶせ、側頭葉に特定の周波数の刺激を与えた。実験参加者の八割ほどが、金縛りや恐怖、波動エエネルギー、奇妙な臭いや味、強い白昼夢、何物かの存在をかんじた。こうした研究は、宗教体験がどんな脳の活動に関連して起きるかをつきとめる、「神経神学」とも呼べる分野に発展しそうである。神経神学では、そうした体験はすべて脳の発作に由来すると、極端な主張がされそうだ。(より節度があり、かつ正確な主張は「そうした体験は脳の活動に関連しているが、体験の原因は未知のまま残されている」であろう。)ところが、『ネイチャー』(2004年12月号)に発表されたスウェーデンの心理学者の追試では、パーシンガーの効果が得られなかった。43名の学生に磁場を与え、46名の学生には比較対照のため、ヘルメットをかぶせただけで磁場を与えなかった。強い心霊体験を報告した者の半分以上は、磁場を「与えなかった」学生だった。これに対してパシンガーは、磁場を効果が出るほど十分な時間をかけなかったためであると反論した。今では懐疑論者として名高い、英国の心理学者スーザン・ブラックモアも、体験を脳の神経科学に帰着させようと、「私も、パーシンガーの研空に行って実験に参加したら、かつてないほどの異様な体験をした」と主張した。発作のような脳の活動が、超能力や心霊体験に類する主観的感覚をひき起こすのは間違いない。だが、唯一の回答とはどうも言えないようだ。バーシンガーの実験が超能力体験を説明して「それは錯覚である」と一掃してくれる、そう思っている人もいるようだが、バーシンガー自身はこの立場ではない。たとえば、バーシンガーの実験チームは、超能力者として有名な芸術家インゴ・スワンに対して、徹底的な神経科学測定を行なっている。スワンは、遠隔透視の訓練方法の開発者であり、その方法は合衆国政府の超能力諜報計画「スターゲート」に採用されたほどである。管理された実験状況のもとでスワンは、何度も確実な遠隔透視に成功しているのだが、その能力はパーシンガーの実験でも発揮されたと、パーシンガー自身が2002年に報告している。このように超能力は、脳の発作のような単純なお話で終らないのである

 

【3】不可能を可能に-超心理をしっかり吟味する

 

・遠隔視

遠隔知覚は、距離や時間によらずに効果が現われるようである。ジャンとダンは「しかし、意識に関する多くの研究のように、実験データにみられる特異的な関連性や傾向性はつかみどころがなく、結局のところ、その解釈は定まったものにならない。実験計画が進むにつれて分析技術も向上するが、発現する効果はむしろ弱くなってしまう」と述べている。これは、遠隔知覚の実験条件を厳しくしたから効果が低下したのではない。実験条件は最初から厳しいのである。どうも、「信号」を「ノイズ」からはっきり分離しようと分析方法を高度化すると、その信号が消えていくのである。彼らは、実際に信号がノイズを「必要としている」のではないか、とまで推測している。これは、大きなノイズが弱い信号の検出を促進する「確率共鳴」と呼ばれる物理現象と似ている。たとえば、足の感覚が弱まって、立ったり歩いたりが難しくなっている患者の足裏に、振動を発生させる器械をつけると、感覚がよみがえって歩けるようになる。検出されなくなっていた弱い信号が、それにノイズが加わることによって[検出のハールとなる閥値を超え]、検出されるようになったのである。同様の確率共鳴現象は、生体の感覚システムのいたるところに見出されている。これまで見てきたように、個別の実験結果はかなり大きな成功をおさめたという報告がなされている。しかし、個別の実験がうまくいっても、必ずしも他の科学者を確信させるまでには至らない。実験者が何か間違いをおかしているのではないか。さらにはゴマカシをやっているのではないかと、いつも疑惑がもたれるからである。だから、科学は独立した実験による再現性を重んじるのである。異なる実験者が、反復して同様の間違いをおかしたり、皆をだまそうとしたりするとは考えにくい。この理由から、数ある実験全体を比較・統合して分析する手法「メタ分析」が、近年重要視されつつある